JAH9『NOTE TO SELF』
今の世界にもとめられている新作
鈴木孝弥


 

 高音質ストリーミング・サーヴィスのTIDALが、ジャンルごとに2010年代を総括した昨年末のコラム・シリーズ〈TIDAL 10〉のレゲエ編をお読みになっただろうか → LINK

 TIDALも、直近のディケイドをやはり、クロニクス、プロトジェイ、ジャー9、ジェシー・ロイヤル、カバカ・ピラミッドらが台頭した〈レゲエ・リヴァイヴァル〉の時代と定義して振り返っている良記事だった。



 ジャマイカの作家ドティ・ブックマンが考案したこの新語〈レゲエ・リヴァイヴァル〉については、ジャー9も大きくフィーチャーされた拙訳『レゲエ・アンバサダーズ~現代のロッカーズ―進化するルーツ・ロック・レゲエ』のあとがきで詳述したが、基本的に音の傾向に関する概念ではない。


レゲエ・アンバサダーズ
現在のロッカーズー進化するルーツ・ロック・レゲエ
アレクサンドル・グロンドー 著 / 鈴木孝弥 訳
DU BOOKS
オールカラー208ページ / B5版 / 3,500円+税


 それが作家であれ、評論家であれ、画家であれ、ミュージシャン、ヴィデアスト、デザイナーetc.であれ、レゲエの全世界的/普遍的(ユニヴァーサル)な価値観を、そこに現在性を持たせながらそれぞれのプロジェクトの中で共有する考え方、ムーヴメントのことである。

 多くの人が誤解している、「ルーツ・(レゲエの)リヴァイヴァル」を意味してはいない。クロニクスの言葉で補足すれば、それはレゲエの音楽的再生ではなく(一度たりとて死んでなどいないのだから)、ラスタ思想に基づくレゲエのカルチャーを媒介した、あるいはそれが象徴し、推進するような、人間の、社会の、精神性の再生を目指す運動なのだ。

 この難解な〈レゲエ・リヴァイヴァル〉という言葉自体への賛否はあるにせよ、ジャー9について考える際にもその概念は必ずついてまわる。ジャー9の作品の素晴らしさが、多分にその概念を代弁しているからである。

 音楽的ならぬ哲学的な概念をエンジンとするリヴァイヴァリストたちの楽曲の形式は、極めてその自由度が高い。ラスタファリアニズム由来の表現や見解やワード、過去の歌詞や楽曲の部分的引用やサンプリングを行うなど、形式としての「レゲエ」を演奏しなくてもレゲエ・カルチャーを介した思想の敷衍の仕方は無数にあるからだ。

 むしろ音的に「直球のレゲエ」ではない方が、聴き手に「なぜこの音楽的フォーマットを採用したのだろう?」と思わせ、その意図と曲に込められたメッセージに注意を誘導しやすい場合もあろう。

 それが、いわゆる〈内容と形式〉の問題からレゲエを再解釈したリヴァイヴァリスト・ラスタ・ミュージシャンたちにとってのひとつの常套手段と言えるし、決して禅問答ではなく、彼らのようなレゲエ音楽家にとって、「レゲエ」に先立つのが「ラスタファーライ」なのだ。

 そしてこの場合の「ラスタファーライ」が意味するものは、神、宗教的な概念というよりは遥かに実践的な「Way of Life=生き方/ラスタ・タームで言うところの『Livity』」 に近い。

 だから究極的には、そこを明瞭に表現できるならば、その音はルーツ・ロック・レゲエでもディジタル・ダンスホールでも、ヒップ・ホップでもEDMだって、その仕上がりがイケていれば一切問題にならない。

 むしろ、その採用された形式自体がもたらす意味性が内容を補強し、曲に固有の価値を付加するという点で、レゲエという音楽ジャンルの拡張性を体現し、推進するのである。


 16年の『9』に続く3作目となるこの『NOTE TO SELF』も、そうしたポリシーに則って作られていることは間違いない。


 その上で聴きどころとなるのは、前作『9』にまさに顕著だった「ジャズ・オン・ダブ」・サウンド、すなわち変性とデフォルメ(ダブ=DUB)に即興的抽象性(ジャズ=JAZZ)を掛け合わせたフリーフォームなプログレッシヴ感が際立った孤高の作風に、今回ジャー9がクライヴ・ハントを筆頭とする複数のプロデューサーとの共同制作を重視する考え方を取ったことによって、現行レゲエ・モードの今日性が按配よく加味された仕上がりとなった点だ。

 ディジタルな音が増えたし、ダンスホールやR&Bのタッチもあれば、近年のトレンド、アフロビートも採用され、フィーチャリング・アーティストも増え、ルーツ・レゲエの正統的フォーマットを前作より率直に踏襲するなど、ジャー9に不案内な人でも初聴から耳馴染みがいいだろう出来映えになっている。

 前作との違い、こうした変化もすべて、メッセージ(内容)を伝えるまたひとつのチャレンジ、施策(形式)なのだ。そしてその肝心のメッセージもますます先進的なラスタファリアンらしさを感じさせる。

 例えばアルバム・オープナーの「Heaven (Ready fi di Feeling)」は、従来のルーツ・レゲエの感覚からすぐに連想される古典的なザイオン賛歌とは明確に一線を画している。


 歌詞の概要をかいつまむと・・・自分の敵は自分の中にいる。過去の失敗や、ミスしたものについては忘れること。賠償金は未だ支払われていないけど、自分の潜在的可能性は広がっている。天国は自分の中にあるフィーリング。頭から混乱を追い出し、過去への執着を捨て去って、今この瞬間に集中すればそこが天国。で、あなたはどんな風に生きていくつもりなの?・・・といった内容だ。

 「あなたが出会う最悪の敵は、いつもあなた自身」というニーチェのアフォリズムを思い出させるし、マインドフルネスの核心も突いている。精神的なリパトゥリエイション(アフリカ回帰)を歌ったものとも解せるのと同時に、誰もが自分に引き寄せ、生き方を考えさせられる曲でもある。

 

 もう1曲、本作からの最新の先行曲「Highly (Get to Me)」にも軽く触れておく。わざわざ先日のヴァレンタイン・デイにシングル・リリースしたのも”洒落”が利いていたこの曲は、女性を食い物にする男の不誠実さ、卑怯さ、その特徴を冷静に分析し、そんな女たらしには引っかからない、という毅然とした態度を示す曲だ。


 彼女のオフィシャル・サイトに載っている本曲についてのノートには、「自分に向けられる愛が本物か偽りかを判別できるためには、自分が自分自身をしっかり愛していなくてはならない」という金言まで記されている。これは、彼女が読んでいるかどうかは分からないが、まさに夏目漱石の「自らを尊しと思わぬものは奴隷なり」ではないか!

 この2曲には、ジャー9の哲学が象徴的に現れている。自分の天国も敵も自分の中。自分の心と身体を守るのも自分、というセルフケアの考えは、確かに、自分の肉体をジャーが宿る聖堂と考え、それをけがさないための食餌制限を実践するラスタの文化に沿っている。しかし彼女はそうした自己コントロールの考え方を身体のみならず理性、意思、愛といった精神レヴェル、高次でユニヴァーサルな領域まで押し広げるのである。

 加えて、ラスタファリアニズムを古めかしく胡散臭い宗教だという固定観念に囚われている人なら、信仰・崇拝の対象に対する盲目的で原理主義的な帰依とは随分性質を異にする自律性が前面に歌い込まれていることに驚くかもしれない。

 ましてや、「Heaven (Ready fi di Feeling)」の「賠償金は未だ支払われていないけど、自分の潜在的可能性は広がっている」というラインからは、アフリカから拉致された奴隷の末裔のスタンスとして、原状回復(=アフリカ回帰)にこだわり続け、いつまでも「天国」をエチオピアにこそ見続ける膠着した理想主義にとどまり続けることでいいのだろうか? という批評性と、ラスタファリアニズムの根幹を新しい感覚で解釈し直そうとする姿勢も言外に感じさせるのだ。

 ラスタ・フェミニスト、詩人、哲学者、人権および子どもの権利擁護の活動家、ヨガ指導者、セラピストなど多彩な特性を持つジャー9を、ファンは単なるレゲエ・ヴォーカリストではなく、「ライフスタイル・アーティスト」と呼ぶ。その、間口の広く革新性に富む社会的意識(ソウシャル・コンシャスネス)から紡がれる曲はどれも含蓄に富んだものだ。

 全曲、言葉を調べながらじっくり歌詞を味わいたいものだが、そこに通底している、頭を柔らかくして現代向きにアップデイトされた、実践的なヒューマニズムとしてのラスタ思想こそが、〈レゲエ・リヴァイヴァル〉理論の肝と言ってよく、そこが、新しい時代のレゲエを求める世界中の人々からジャー9や同運動が支持されているゆえんなのだろう。

 前作のダークで神秘的なジャケットもよかったが(「9」は子宮のメタファーでもあるから暗くて当然だったのだが)、今回の写真の開放的な爽やかさもまたジャー9らしい。

 この構図にはどんなメッセージが込められているのかつい考えてしまうが、とはいえ、このアルバムは彼女の『NOTE TO SELF』、つまり個人的リマインダー、自己命題ノートなのだから、すべて自分に向けて歌っているわけである。人に教える立場にある表現者、かつスターの待たれた新作の打ち出し方としては、なんとも地味で控え目だ。オラオラでブリンブリンなスタイルもレゲエのひとつの華である一方で、こうした謙虚さは彼女だけでなく概して〈レゲエ・リヴァイヴァル〉派の特徴だと感じる。

 謙虚で知的で理性的なニュー・スクールの台頭は、それ自体、今の時代に対する批評性であるはずだ。このジャー9の新作も、まさしく今の世界に求められているものだろう。

MARCH 2020



JAH9
NOTE TO SELF

01. Heaven (Ready Fi Di Feeling)
02. Ma’at (Each Man)
03. Mindstorm
04. Note To Self (Okay) Feat. CHRONIXX
05. Field Trip
06. New Race (A Way) Feat. AKALA
07. Hey You
08. Highly (Get To Me)
09. Feel Good “The Pinch”
10. Love Has Found I
11. You And I Feat. PRESSURE BUSSPIPE
12. Ready To Play Feat. TARRUS RILEY
13. The Reflection
14. Could It Be
15. In The Beginning

VP RECORDS / VP2659 / MARCH 13, 2020 RELEASE

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JAH9 / ジャー・ナイン

1983年ジャマイカ出身。女性レゲエ・シンガー / ダブ・ポエット / ラスタファリアン / 詩人 / 社会活動家 / ヨガ行者。

2008年から詩人としてポエトリー・リーディングを開始。アフリカを祖先に持つ自身のルーツ、ラスタファリズム、ジャマイカの社会問題・歴史・カルチャー、そして女性・性・差別をテーマとした詩を発表して注目を集める。そのポエトリー・スタイルを基として楽曲制作を開始。「ルーツ・シンガー」「ダブ・ポエット」「ジャズ&ダブ」等、様々な評価を受けるがそのどれにも限定されない自由かつ斬新な表現スタイル、スピリチュアルでミステリアスな存在で、レゲエ・シーンでも注目を集めるコトに。

2013年にデビュー・アルバム『NEW NAME』&ブレイク曲「Streamers A Bubble」をリリース。15年にヒット曲「Avocado」をVP RECORDS『REGGAE GOLD 2015』に収録。

2016年にVP RECORDSと正式契約・世界進出作『9』リリース。

2017年にはMAD PROFESSORによる『9』のDUBアルバム『IN THE MIDST OF THE STORM』リリース。

2018年にはシングル「Feel Good」「Love Has Found I」「Field Trip」と新境地を開拓した新曲をリリース、それらを収録したアナログ企画作『FEELINGS』もリリース。

2019年にはシングル「Ma’at (Each Man)」をセカンド・アルバム『NOTE TO SELF』からの先行曲としてリリース。

2020年、セカンド・アルバム『NOTE TO SELF』リリース。

現行ジャマイカ・レゲエ・シーン&「レゲエ・リヴァイヴァル・ムーヴメント」を代表する女性アーティストと世界的に活躍中。ツアー&公演も積極的に実施、またヨガ行者としても活動し、レゲエ/DUBとヨガを合わせたイヴェントも世界各地で開催中。

JAH9
twitter: @Jah9
facebook: @jah9online
instagram: jah9online
Official Web: http://www.jah9.com/

 


9
VP RECORDS / VP2631 / 2016 RELEASE
CD・VINYL LP・DIGITAL

MAD PROFESSOR Meets JAH9
IN THE MIDST OF THE STORM
VP RECORDS / VP2652 / 2017 RELEASE
DUB ALBUM / CD・VINYL LP・DIGITAL

FEELINGS
VP RECORDS / VP6659 / 2018 RELEASE
VINYL EP

 

 

 

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