トーラス・ライリーの新作『LOVE SITUATION』が、問答無用で素晴らしい。「恋模様」と訳すとしっくり来る、これでもか、のラヴ・ソング攻め。巷では、「ロック・ステディ・アルバム」と評されている。本人も、そう言っている。だから、異論を唱えるのは少々的外れなのだけれど、私は「ロック・ステディ+αのアルバム」が正確だと思う。レゲエの定番手法、〈スタジオ・ワン〉や〈トレジャー・アイル〉の有名トラックを焼き直しただけではないし、ビティー・マクレーンみたいにひたすらカヴァーしているわけでもない。ロック・ステディやレゲエ初期の音の構成要素をいったんバラして、7割はその要素を組み直し、あと3割は21世紀の感覚や技術を投入して再構築した、もっと凝った、もっと複雑な作品だ。
クィーンズのClub Amazuraをサンチェスらとパンパンにした6日後に、まだアメリカ東部の冬真っ只中にいたトーラスを電話でキャッチ。「いま、ジムで運動して来たばかりなんだ。寒い中、ツアーをしているから、体調には気を配っているよ。ストレッチして、走って、それからウェイトを使って鍛えている」。電話取材の時間が押した理由を説明してくれるあたり、相変わらずジェントルマンだ。
◆意図的にレゲエ初期のサウンドやダブを取り込みながら、ロック・ステディの色を強めた作品に仕上げたのでしょうか?
意図的にしたことだよ。やる必然性があった、とも言える。ほかのアーティストも、もっと(こういうサウンド作りに)続いて欲しいと思っているくらい。ほかのジャンルの音楽、R&Bやヒップホップは、昔のシンガーにもっと敬意を払っているでしょ。サンプリングやカヴァー、引用という形で取り上げて、(いまの音楽との)関連性をよく示している。ジャマイカの音楽もそうあるべきだと思うんだよね。レゲエ、ロック・ステディ、スカ、それからダンスホールといろいろな型があるんだから、それぞれを新しく紹介するのは、レゲエ文化全体に対して大切だと思う。
◆あなた自身、多様な音楽性を持つシンガーとして知られています。それに、メンターというか、ベテランのディーン・フレーザーが付いていたり、エロール・ブラウンの息子でビジー・シグナルやエターナと正統派のレゲエ・アルバムを作ったシェーン・ブラウンが参加していたり、参謀もすごいですよね。
ディーンはその時代から吹いていた人だから、自然に滲み出るものがある。まぁ、(07年の大ヒット曲)「She's Royal」だってロック・ステディっぽいし、俺自身、ずっとやって来たことの延長でもある。大体、親父がその時代のシンガーなんだから。
◆その話を次にしようと思っていました。 「1 2 3 I Love You」はお父さん、ジミー・ライリーがいたユニークスの「Secretly」を彷彿とさせます。
あの曲は正統派のロック・ステディだよね。 そこにリスペクトを示したかったんだ。世界中をツアーして、ジャマイカ以外の国の方がジャマイカの古い音楽を大事にしていることに気がついた。もちろん、みんなのために作ったアルバムだけれど、とくにジャマイカの人たちに改めて良さに気がついて欲しい気持ちが強かった。
◆ユニークスの話が出たところで、スリム・スミスについて聞いていいでしょうか。ロック・ステディ期を代表するシンガーですが、73年に亡くなっています。ジミーさんから彼の話を聞いたことはありますか?
しょっちゅう、話しているよ。すごく仲が良かったから……父さんにとっては、メンターであり、親友であり、尊敬するアーティストだった。本物のシンガーでたくさんクラシックを残しているから、興味がある人は彼の音楽も聴いて欲しい。
◆本作に、オリジナル・トースターズのふたりを招いているのも見逃せません。「Five Days」にビッグ・ユースとヒップホップ界からミスター・チークスの二人が参加しているのは驚きました。どういう経緯でこの顔合わせになったのでしょう?
ヒップホップもルーツを辿るとレゲエ、ひいてはロック・ステディに行き着くから、自然な流れなんだけど。ミスター・チークスはとてもユニークなアーティストで、知り合いになったときから一緒にやりたいと思っていた。俺、ロスト・ボーイズの「Renee」が大好きなんだよね。「Five Days」の内容と被るから、これは彼を呼ぶしかないな、と思った。ビッグ・ユースは人間として、アーティストとして非常に尊敬している。スタイル&ファッションを作り出した人だし、俺みたいなラスタ・ユーツは相性がいい。
◆ミスター・チークスはスティーヴン・マーリーと仲が良くて、ニューヨークのショウでもよく飛び入りしています。ジャマイカ系なのでしょうか?
いや、違うはずだよ。俺もスティーブン・マーリーを通して、数年前に知り合いになったんだ。
◇ロスト・ボーイズは、90年代のヒップホップが好きな人なら知っているグループだ。独特の掛け合いスタイルで、メンバーのフリーキー・ターさえ亡くならなかったら、もっと大物になっていたはずだと私は頑に信じている。「Renee」は、5分未満の間にゲットーでもマジメに生きていたガールフレンドが、知り合いが起こした強盗事件に巻き込まれて亡くなるストーリーを語った名曲。ブロンクス育ちでアメリカの音楽にも詳しいトーラスらしいアイディアだ。
◆「Sail Away (Stepping Out)」では大御所DJ、U・ロイが参加していますね。
あの曲は俺自身、すごく気に入っている。テンポもコンセプトもバッチリだ。ビッグ・ユースとの曲はメランコリックでストーリーがあるタイプで、U・ロイとの曲は足を踏み鳴らして踊ろうぜ、っていうパーティー・ソング。ハッピーな曲だよ。もちろん、彼は父さんの友だちだし、長いキャリアがあって、ステレオ・グラフ(サウンド・システム)を率いて、オリジナル・ダンスホール・スタイルを貫いている。いまのユーツは彼の音楽ももっと知って欲しい。レゲエは、DJやシンガーがマイクに声を吹き込んで初めて息づく、実際の人生の状況を写す生きた音楽なんだ。現実の状況を写して、それを聴きながら呼吸して歩いて毎日を生きて行く。だから、その文化を始めた人たちはリスペクトしなくちゃ。独特のスタイル、ファッション、言語がある多面的なカルチャーだから、ルーツから知っておくことはすっごく大事だ。
◆あの曲はドラム・パターンがスカみたいですよね。
あれは、アップテンポのロック・ステディだ。
◆このアルバムは、あなたのニックネーム「Singy Singy(シンギー・シンギー)」の面も強く出て、幅広い歌唱力を聞かせています。「Intro - Love Situation」は、ギターの感じも歌い方もブルースっぽいですよね。
ラヴァーズ・ロックは、ジャマイカ流のリズム&ブルースとも言えるから。アメリカにマーヴィン・ゲイやサム・クックがいるように、ジャマイカにはケン・ブースやジョン・ホルト、リロイ・シブルスやボブ・アンディがいるんだ。全部つながっている。
◆ロック・ステディとラヴァーズ・ロックの定義について、なんとなくぶつかりそうだったので、避けていたのですが。私は、ラヴァーズ・ロックは、ロック・ステディから派生した、イギリスで展開した音楽、という立場を取っています。
ロック・ステディはイギリスでラヴァーズ・ロックと呼ばれていたんだ。言い換えると、ロック・ステディがイギリスに渡って、彼らなりの解釈を加えたのがラヴァーズ・ロックになる。ジャマイカでロック・ステディがレゲエに移行している間、あちらでロック・ステディを独自に発展させていたんだね。シュガー・マイノットやケン・ブース、ベレス・ハモンドもその流れに乗って、イギリスのチャートを大いに湧かしたんだ。大元はロック・ステディだ。
◇トーラスに取材するのは、2度目だ。その間にも、ニューヨークやキングストンでちらっと話す機会が何度かあって、基本的に「ああ言えばこう言う」の典型的ジャマイカ人で、そのやり取りを楽しむといい、というのは心得ている。ただ、この「ロック・ステディとは」、「ラヴァーズ・ロックとは」となると、そういうことばかりバカみたいに20年以上考えて来た当方としては、簡単に譲れないポイントである。大枠で合意できてホッとしつつ話を進めたが、「『Lost For Words (Speechless)』がラヴァーズ・ロックっぽいように思います」と伝えたら、速攻で「うーん、違うかな。『Burning Desire』の共同プロデューサー(クリストファー・ペッキングス)がイギリス人だから、そっちが近いんじゃない? 『Lost For Words (Speechless)』はベレスっぽい気がする」と反撃された。
ラヴァーズ・ロックの定義については、(珍しく)Wikipediaが正確なので、参照にしてほしい。関連レーベルやアーティストといったファクターも判断材料として大事だが、ブリティッシュ・レゲエ独特の風合いが肝だろう。歌詞は甘いのだけど、音はパリッとしてクール。ロック・ステディがコットン100%なら、ラヴァーズ・ロックは麻100%。伝わる人が少なそうなのでこの辺で止めるが、『LOVE SITUATION』はこのコットンと麻、さらには最近できた高品質な化繊のブレンド具合が1曲ずつ違う絶妙なアルバムで、そこを楽しむのが極意なのだ。
◆ストレートに〈スタジオ・ワン〉のトラックを使った曲もありますね。「Thank You」はケン・ブースやジョン・ホルトが歌った「My Hearts Gone」のトラックです。そのままカヴァーしなかったのは、なぜでしょう?
カヴァーはほかでやった。「Version of Love (My Story)」は70年代に父さんが書いて、スリム・スミスが歌った曲だ。
◆なるほど。このアルバムはレゲエのレガシーを表現した結果、お父さんの功績に対してもトリビュートしたことになります。親御さんとしてはとても嬉しいことだと察するのですが、ジミーさんの反応は?
実は、俺がどんな音楽を作っているか、しばらく知らせてなかったんだ。 「Version of Love (My Story)」も出来上がってから聴かせた。途中で聴かせたらあれこれ言いそうだったから(笑)
◆最近のヒット曲もアルバムのコンセプトに沿ってリミックスをしているのが素敵です。「To The Limit Remix」では相性のいいコンシェンスを招いていますね。
すごくいい友だちだし、アーティストとしても気が合う。ふさわしい曲があれば、彼とはもっと曲を作りたいよ。
◆特大ヒット「One Drop Remix」(「Gimme Likkle One Drop」のRemix Version)は、ダブを噛ませたリミックスで冒険していますね。あれはシェーン・ブラウンのカラーがモロに出ています。
ビッグ・ヒットでも新作にそのまま入れるのも面白くないから、新しいヴァージョンにしたんだ。ダブはお察しの通りシェーンだよ。彼には好きにやってもらって、出来上がりを聴いた。
◆スキットもオモシロいです。
あれは全部俺(笑)。問題があったら俺に言ってくれ。
◆アルバムを聴く楽しみは、通して聴くとその世界感に浸れるというか、日常とは違う場所に連れて行ってもらえることだと思います。『LOVE SITUATION』は、見事にそれが出来る作品ですね。
あー、そう言ってもらえると嬉しいね。分ってくれたって気がするな。うん、ありがとう。 (自分の)ルーツを確認して表現したかったから、それを目指して色々とアプローチした作品だよ。
◆しばらく日本に行っていませんね。
日本のファンにはほんっとにサポートしてもらっているし、そろそろ行きたいよね。俺は動物性のものを一切食べないヴィーガンだから食べ物がちょっと大変だけど、そこをクリアーしてみんなに会いに行けたらいいね。
INTERVIEW & TEXTED BY: 池城美菜子 / MINAKO IKESHIRO (OK-9 Inc,)
US2014年2月13日 電話にて。
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