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 えー、今回は先日のTARRUS RILEYの来日でのコトなんかをダラダラと。

 最初にですけど、今回の来日は『PARABLES』の国内盤発売に合わせたプロモーションのためでした。国内盤は6月25日にビクターさんから発売されるのですけど、「せっかく国内盤でリリースされることになったんだから、ウチとしても何か出来るコトをしたいな」と思いまして、VP RECORDSを通じて、TARRUS RILEY側に打診をして、来てもらうことにした感じ。

 で、ウチとして出来るコトなんて限られていますし、正直お金も掛かることですから、大勢の方々にも協力頂きました。

 特に、ウチが「来日するなら実際にファンに歌うところを見てもらいたいな」と思ってたことを、何かの電話で話したマイティ・クラウンのマスタ・サイモンが真摯に受け止めてくれて、MIGHTY CROWN ENTERTAINMENTが主催する「CROWN JUGGLERS」公演(5/30 大阪ZEPP)を用意してくれたり、また横浜でのフェス「皆音」公演(5/31 赤レンガパーク)にブッキングしてくれたり、そればかりか、KMミュージックさんと共に今回の招聘に関する全てを対応して、そのリスクを引き受けてくれたことには深く感謝しています。ショーやイヴェントを主戦場としないウチだけなら、絶対出来なかったことです。もちろん、そこには彼らとTARRUS RILEYとの個人的なリンクが存在したからですけど、その気持ちがあってもなかなか出来ない困難なコトを実現させてくれたことに深く感謝しています。

 また6/1には渋谷の「RIDDIM DRIVEN」さんの店頭で、サイン会を実施しましたけど、コレも「東京でもファンと直接触れ合う機会を作りたい」と勝手に思ったウチのワガママに対して、 RIDDIM DRIVENのニューヨーク本部と、RIDDIM DRIVENの日本正規卸店であるLARGEさんの理解とサポートがあって実現出来たコト。このことにも深く感謝しています。

 それと国内盤をリリース頂くビクターさんにもブ厚いサポートを頂き、ウチだけでは獲得出来ない数多くのプロモーション/取材等を実現させてもらいました。休日の昼間にも関わらず取材にご足労頂いた、SPACE SHOWER TV、RIDDIM、BOUNCE、LUIRE、WOOFINさん達にも感謝を。対談のために来てくれたMOOMINにもナフ・リスペクト。

 あと、来日していると、ショーとかイヴェント以外にも、取材とか移動とかタイトなスケジュールの中で色々と大変なコトがありますけど、駆けつけてくれてヘルプしてくれた仲間達、マイ・メン・MORROW、オカマイ、I&Iの金子さんとか、ホントに有り難う。めちゃくちゃ助かりました。

 まっ、こう書いてみると、ウチは実際何もしていなかった気持ちになったりしますけど、今回の来日はココ近年の中では、ベストと言うか、仕事としてこれほど順調なものは久々でした。そこにはTARRUS RILEYの理解と頑張り、マネージャーとして同行したDEAN FRASERの理解と協力も大きいですが、彼らもそうですけど、色々と立ち位置は異なっていても、同じ「レゲエ」を通じて知り合った仲間達が集結して、一致団結で自分達の役割を果たし合うことで出来たことだと感じています。関わっていた人達が良い意味で「大人」で、コレをする意味と理由と目的をよく理解して、同じベクトルで迅速かつ適確に判断して動くことで、こんなコトが出来るんだ、となんか勉強になりました。

 改めて、実現に協力頂いた全員に感謝します。それと、TARRUS RILEYをチェックしに各会場に足を運んでくれた皆さんにも心から感謝します。是非、小声で結構ですから、そこで確認したコトを口コミして下さい。本当に有り難うございました。

 で、TARRUS RILEYのインタヴューとかは、今回取材頂いた各メディアを是非チェック頂くこととして、ココでは別のコトを。

 毎回、アーティストとかプロデューサーと会う機会があると、仕事の話もありますけど、個人的に聞きたかったことを勝手に聞くことにしてます。

 TARRUS RILEYは、ある意味思っていたよりも全然気さくで、お喋りで、ルードだったんですけど、その分色々と話を聞くことが出来ました。その中で印象的なコトを。

 「うん、まっ、みんな『JIMMY RILEYの息子』って言い方をするよね。確かにそうだけど、JIMMYに音楽のコトを教えてもらったことは無いよ。比較されても困るし、その分身みたいに思われるのも困る。音楽は勝手に自分で始めた。最初はDJをしてた。どうかな? 8歳、9歳、10歳・・、そんな頃からだよ。シャバ・ランクスとか、そういうのに憧れてね。でも、DJって短命じゃん? で、自分は音楽の才能があると信じていたし、それを長くやり続けていきたいと思ってたし、シンガーになる方が良いって思ったんだよ。うーん、12歳とか13歳ぐらいかな?、それぐらいからはシンガーだよ。うーん、DJもシンガーも最初から上手かったわけではないけど、普通に出来てたよ。だから自分には才能がある、って信じてたんだ。で、高校卒業の時に、大学にも行こうかな、って思ったりもしたけど、JIMMYに学費とか負担とかさせたく無かったし、もう音楽で喰っていくつもりだったから、JIMMYに『大学は行かない。プロのシンガーになる』って言ったんだ。その時かな? 初めてJIMMYが俺が歌ったのを聴いたんだ、そんで『なんだ、お前歌えるんじゃん!』って言われたんだよ。うん、だからJIMMYには特に音楽的な部分ではサポートされてないんだよ」。

 「DEAN FRASERと知り合ったの? いや、これぐらいの時から(手を膝下ぐらいまで下ろしてみせる)。もう、子供の時から知ってるよ。だからDEANがどんな人間かも知ってるし、DEANも自分のコトを知っているからやりやすいんだ。DEANが良いプロデューサーである理由? 自分が思うに、DEANはプロフェッショナルな音楽家だ。音楽に対して誠実だし、音楽を愛している。金勘定ばかりして、音楽も知らなくて、スタジオにも来ないプロデューサーとは全然違う、最近はそういう奴が多いけどさ。スタジオでもショーでも、DEANは常に最善のコト、それは作品に対しても、アーティストに対しても、何が一番大切かを理解して、そこに努力を惜しまない。アーティストを型にはめずに、アーティストの持ち味を最大限発揮するやり方で作品を作っている。ビジネスよりも音楽。そういう部分が素晴らしいし、信頼出来る。あと、自分にとっては、自分の経験していないことや、知らないことをたくさん知っているから、そういう部分でも尊敬しているよ」

 「『PARABLES』が出た時から、自分では絶対支持されると信じてた。ただ、VP RECORDSが夏とかではなくて、秋の中途半端な時期(現地では2006年10月10日発売)、感謝祭にも、クリスマスにも早い、変なタイミングでリリースされて、『期待されてないんだな』『ヒットも無い新人だとこういうもんか』って思ったけど、でも、それでも絶対支持されると信じてた。いや、作っていた時から、DEANはもちろんだけどさ、スタジオで聴いてた連中とか、ラジオに先に流した曲とかが反応も良かったからネ。さすがに現在の状況は予想出来なかったけど、ジャマイカの人達が欲しがっているポジティヴでリアルな歌詞と、皆が口ずさめるメロディーやフック、あと世代を超えて長く聴ける音楽を自分は作れるから、ゲットーからアップタウン、ダンスからラジオでも絶対支持されると信じていた。自信家? いや、自分が自分を信じられなくて、誰が自分を信じてくるんだい? ギャグスタ(なぜか勝手につけられたアダ名)は、自分に自信が無いのかい? そうだろ、自分を信じて、自分でチェレンジしていくことで状況は変わっていくんだよ。 そう、そうやって自分はやってきた、それで日本に来て本場の味噌スープを飲めてるんだよ(笑)。味噌スープが大好きなんだよ、うん、ジャマイカでも飲んでるよ。日本料理屋とかあるしね。毎日とは言わないけど、ジャマイカで一番の味噌スープ・フリークさ!」

↓写真をクリックすると拡大表示します。 photo photo TARRUS RILEY / PARABLES TARRUS RILEY / PARABLES
日本盤:ビクターエンタテインメント
6月25日発売 / VICP-64175
¥2,520 (税込定価)
日本盤ボーナス・トラック2曲+ビデオ・クリップ1曲追加収録
解説:森穂高 / 歌詞付

 まっ、色々な話をしました。「ギャングスタ」というアダ名は困ったもんですけど、なんか良い感じで付き合えて楽しかったっすな。女性の好みの話とかでは結構笑わしてくれました。まっ、冗談もたくさん言う人でしたけど、一番興味深かったのが、朝から晩までずっと音楽のコトを考えていて、移動中とかでもずっとDEAN FRASER相手に音楽談義をしたり、流していたCDとかを聴いて、楽曲のアレンジとかを分析し合ったりしていたこと。まっ、音楽馬鹿。歌馬鹿。レゲエ馬鹿。会う前の期待を良い意味で裏切ってくれたその性格と、期待以上のアーティスト/シンガー/音楽家って感じでした。信頼出来る男でした。

 あと、TARRUS RILEY以外にも、今回はDEAN FRASERとかなり話すことが出来ました。時間を積んで、かなり打ち解けてからは、DEAN FRASERから「さっきの話の続きなんだけど・・」と、こちらが聞く以上に話してもらえました。で、調子に乗って、色々と聞きました、「所属していた809パンド解散の影には某大物アーティストの存在が・・」「LUCIANOとの出会いと別れ・・」「SIZZLAとの出会い・・」「〈XTERMINATOR〉との関係・・」等々、激ディープな会話の連発。また機会があればどこかで紹介出来ればと思います。

 でも、その中で1つだけいっておきましょ。「(90年代の)ジャパンスプラッシュで毎年来ていた頃の思い出? たくさんあり過ぎるけど、あれだけのアーティストとかミュージシャンが3週間も一緒に行動するから、色々とあったよ。勿論、良い意味で。若かったBUJU BANTONやBEENIE MANやSIZZLAは、あのツアーで先輩達を見て学んだんだ。それはショーもだけど、生き方とかを仕事の仕方を学んだんだ。BERES HAMMONDとか、FREDDIE McGREGORとかがいつもみんなのリーダーだったな。ジャマイカでも一緒にならない連中が日本のホテルの一室に集まって、一緒に音楽を作ったり、アイディアを出し合ったりしたんだ。自分にとっては、大きな野外での公演も思い出深いけど、クアトロでの単独公演とかが記憶に強いな。I-THREEとかね。一番記憶に残っているアーティスト? それはJOE HIGGSだよ。もう亡くなったのもあるけど、ジャマイカでもショーを見たことはなかったし、なによりも彼がBOB MARLEY、PETER TOSH、BUNNY WAILER、まっ、あのTHE WAILERSの先生だよ、その人のバックを務めるなんて光栄に尽きるよ。リハの時にも、色々と指示を出されるんだけど、『ああ、こうやってTHE WAILERSも教えてもらったんだ』って感激したよ。なんか自分達がSKATALITESとか、レゲエのパイオニア達になった気分でプレー出来て、とにかく嬉しかったな。今でもあの時の公演のビデオを探しているんだ。どこかで手に入らないかな?」。

 そんな感じ。ではでは。

八幡浩司(24×7 RECORDS., INC.)

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